東と西の違いは東日本が家父長制的なイエ社会であり、西日本では母系的なムラ社会であることに起因するという宮本常一さんの説も紹介されている(p.46)。名主(東)と庄屋(西)という呼び方、交通手段における馬と船、やくざと忍者、宗教における曹洞宗と一向宗の広がりなど学問的に解明されていないものも含めて、思った以上に深いものだな、と改めて感じた(pp.307-308)。
「人の心のまかれるをはすて、なおしきをば賞して、おのすから土民安堵の計り事」をなしてきたという武士たちがつくった御成敗式目に対する「前近代の合議体の規範としてはおそらく最高水準に属する」という石母田正氏の評価は(p.217)、ぼく自身も関東の産だし心地よすぎる。
確かに著者の主張には首肯できる箇所も多々あるとはいえ、著者自身がいわゆる「東国人」である所為かいささか東国に肩入れし過ぎている点が若干気に懸かります。かつて「鶏が鳴く東路の果ての僻地」でしかなかった関東が、事実上の首都および首都圏となった今日でさえ、和風文化においては王朝以来の京都文化の、そして外来文化においては欧米西洋文明の「植民地」でしかない事実が、何よりも関東地方が長い時代にわたる洗練された優美典雅な社会を培って来なかったことを証明しております。明治以降の日本が、どことなく野暮ったい社会になってしまったのも、このことと無関係ではないかも知れませんね。