聖書を勉強していくと、初めは疑問で一杯になって、収集つかなくなるように感じますよね。 そこを諦めてしまっては、もったいない。 聖書の疑問に対する正解を、聖書の中にこそ見つけるコツは、幸せになるコツそのものみたいだと言った人がいます。 ルターもそういうことを伝えたかったようです。 それは、聖書の一貫性を理解することで、神の一貫した強い愛、という驚くべき恵みについて知らされるからです。
それで、聖桊??勉強のコツを見つけるための、正統的なアンチョコがあれば、それに頼ってもいいように思われます。(キリストは、形式的道徳にこだわって、神様の愛を受け入れようとしない律法学者達を厳しく叱りました。また、ホセア6:6を参照。) 結構、勉強法に見通しがつくと、天国の神様を知りたいというトテツモナイ事業にも、希望とやる気が沸いてくる人が多いようです。 ルターは、この本の論文の中で、聖書全体を流れる一貫性、美しい統一性を浮き彫りにしています。 その統一性が、読者に「唯一全能の神」という意味を具体的に知らしめ、畏敬の念と感動を引き起こし、歓びに満ちて生きる力を与えてくれます。
ただ、どの解説書を読む場合にも当てはまるのでしょうが、偉大なルターであっても、彼の聡書解釈だけが100%正しいという事はないでしょう。 むしろ、ルターなどの偉大な宗教改革者たちが読者に願ったことは、我々一人一人が各々にある理性と心を尽して、聖書の言葉と祈りのうちに、神に頼る人生そのものではないでしょうか?