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| どこで日本人の歴史観は歪んだのか |
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著者名 |
岡崎 久彦 |
| 出版社 |
海竜社 |
| 発売日 |
2003/05 |
| おすすめ度 |
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| 参考価格 |
1,575円(税込) |
| 価格 |
1,575円(税込) |
| 発送可能時期 |
通常24時間以内に発送 |
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| カスタマーレビュー |
歴史に「善悪正邪を持ち込むな」ということ。 |
| 2007/01/06 1人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。 |
歴史とは大抵「勝者」によって書き改められていく。勝者の言い分と敗者の言い分は自ずと違う。勝った側の言い分だけで歴史が語られて良いのか?
日本人は歴史に「善悪正邪」を持ち込むらしい(日本人に限らないだろうが・・・)。「勝った側が正しく,負けた側は正しくない」というような考え。しかし「勝ち負け」と「善悪」は,分けて考えたほうが良い。あまり関係がないから。
岡崎氏の論文は「偏りの無い,曇りの無い眼で見ている」のが特徴。これは他ではちょっと見られない卓越したワザだ。
時代が変われば見方も変わる。それは「勝者によって変えられる」といってよい。勝者の歴史と敗者の歴史は書き方がまるで違う。明治に入ったら「江戸時代は暗黒時代」で,昭和の戦後は「軍国時代は暗黒時代」にされてしまう。つまり「勝てば官軍。負ければ賊軍」である。負けた側の言い分など殆ど無視されてしまう。勝者が己の正当性を確保するためには仕方の無い現象だろう。その偏向を排したら・・・本当の・普遍的な「歴史の筋」が見えてくる。それを岡崎氏はやってのけている。人々が鵜呑みにしてきた教科書ですら,「何らかの偏向」が見え隠れしている。今教えられている歴史は,「どの勝者によって書かれてあるものか」を認識する必要が有る。「以前の支配は本当に悪だったのか」を考える必要がある。繰り返しになるが,やはりこれは「勝ったか負けたか」で変わると言っていい。負けてしまうと負けた側は「全て悪」とされてしまうらしい。勝ってしまえば「全て善」になりがち。勝つと負けるとではこうも差が有るものなのだ。日本人はどうも「正しいから勝つ」とか「正しくないから負ける」と思いがち。しかしこれは余りにも浅薄なモノの見方であろう。歴史は「善悪は抜き」で見たほうが良い。陸奥宗光の父も次のように言っている。「正しい判断をする上で大事なのは”愛憎の妄念を断ち切ることだ”」と。そうすれば正しい判断が出来るようになるらしい。それは私も同感だ。歴史の見方は「正しい」とか「正しくない」というのではなく,「そこで何が有ったのか」だけ見るべきだろう。日本人は偏向史観に振り回されすぎているようだ。それは歴史観に善悪正邪を持ち込むことから来る物らしい。「勝ったから正しい」「負けたから全て悪い」といった考え方だ。これはとても宜しくないと思った。 |
偏向史観を正す |
| 2006/05/25 2人中、2人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。 |
著者は英米世界の戦勝国史観による偏向教育が日本の国民精神に及ぼしている実害に慄然とし、その問題解決のために本書を書こうとする。日本のデモクラシーの成り立ち、明治時代から大東亜戦争までの日本の外交、軍事、最後に日本のアジア解放の役割を解説する。
そこに流れているのは戦前までの世の中を悪で顧みるものがないという誤った考えではなく、連綿と繋がった流れの中で世界に誇れる歴史であったということである。議会民主政治を平和のうちに達成したのは日本だけであり、明治憲法は19世紀の憲法としては先進的に民主的な憲法であった。日本の過去は軍国主義でしかなく、それを抜本的に作り直して民主主義国家にしたのがアメリカであるというのは占領史観であって、実際は日本の民主主義は大正デモクラシーの時代に完成したが、経験不足でひ弱なものだった。それが立派に復活したのが現代の民主主義なのである。他にも欧米植民地解放に日本が多大な貢献をしたことも世界に誇れることだった。 |
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